大判例

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東京高等裁判所 昭和58年(ネ)2824号 判決 1985年10月24日

控訴人・附帯被控訴人

株式会社サンキュー

右代表者

臼田好一

右訴訟代理人

脇田輝次

被控訴人・附帯控訴人

大宮八幡宮

右代表者代表役員

川井清敏

右訴訟代理人

和久田只隆

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴えの一部取下げにより、原判決主文第一項は次のとおり変更された。

「控訴人は被控訴人に対し、被控訴人から金三〇〇万円の支払を受けるのと引換えに、別紙物件目録(一)記載の建物を明け渡せ。」

附帯控訴に基づき原判決主文第二項に仮執行宣言を付する。

その余の本件附帯控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人(附帯被控訴人)の負担とし、附帯控訴費用はこれを二分し、その一を控訴人(附帯被控訴人)の、その余を被控訴人(附帯控訴人)の各負担とする。

理由

一被控訴人の神社としての沿革、格式、控訴人の営業内容、本件賃貸借契約締結に至る経緯、右契約の内容、右契約が一時使用を目的とするものから通常の賃貸借契約に変更されたこと、控訴人は本件動産等の設置について被控訴人から少なくとも黙示の承諾を得たことについての当裁判所の判断は、次のとおり一部を訂正するほか原判決の理由の第一項から第三項までに説示されたところと同一であるから、これを引用する。

(一)  原判決一一枚目裏九行目の「のれんを掛けた」を「テントを張つた」と改める。

(二)  同一四枚目裏五行目の「見るのに、」の次に「成立に争いのない甲第二二号証の二、」を加える。

二そこで、被控訴人主張の訴状による解約申入の効力について判断を加える。

(一)  〈証拠〉を総合すれば、次の各事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(1)  被控訴人の本殿への参拝路には表参道と南参道があるが、南参道は、井の頭線西永福駅に近く、また自動車の通行可能な唯一の参道でもあるために近年は主たる参拝路となつており、春、秋の例大祭や正月、七五三等の祭典行事の際相当混雑するが、右混雑は控訴人の店舗に出入する客のために一層甚しくなつており、なんらかの対策を講ずる必要が感じられる状況である。

(2)  被控訴人は、現在氏子代表及び専門家から成る境内整備委員会を設置し境内整備計画に取り組んでいるが、南参道については表参道と同様にその入口に大鳥居を立て、歩道と車道を区別し、その境にベルト状のさつきの植込みと灯篭を設け、本件建物は隣接の車庫部分とともに取り壊してその跡を植樹帯とする予定を立てている(右計画による南参道の平面図である乙第四一号証には本件建物の位置が書き込まれ、かつこれに車で出入できるように建物前面の植込みの一部をカットし歩・車道の段差部分に切下げを設けてあるが、右は被控訴人主張のとおり被控訴人が後記土地交換等に対する控訴人の承諾を取り付ける必要上控訴人の要求に応じて計画図面に修正を加えて控訴人に交付したものであり、その趣旨は、単に控訴人が右承諾をしてもそれは本件建物の収去を承認する趣旨を含むものではないことを明らかにしたにとどまり、南参道の整備計画そのものを最終的に変更することを意味していなかつたのであるから、右図面の存在は上記認定の妨げにならない。)。

(3)  もつとも、南参道の一部(別紙図面(イ)(ロ)部分)は区道であり、また右参道の東隣(参道入口から向かつて右側)は民家、幼稚園、体育館等の敷地となつており、右参道の西隣も本件建物より南の部分では幅一メートル前後の帯状の被控訴人所有地を隔てるのみで民家敷地に接しているので、前記のような整備を行つた場合でも南参道全体として森厳静寂といえるほどの環境を作り出すまでに至らないであろうことは容易に推測がつくが、それでも神社参道としての体裁はかなり改善され、格式ある神社の主要参拝路にある程度ふさわしい雰囲気を備えたものにはなりうると考えられる。

(4)  前記のように現在の南参道の一部には区道が含まれており、整備計画に従つて鳥居を建てるには区道の占用許可を得る必要があるが、被控訴人は杉並区との間で別紙図面(ロ)の区道部分と同(ハ)の被控訴人所有地とを交換し、それとの関連において鳥居建設のための道路占用許可を得、かつ参道全体を区有地部分を含めて前記のように整備するについて区の承認を得ようとして杉並区に働きかけており、昭和五八年八月区長、助役ら区の幹部で構成される区政運営会議では右土地交換を前提として右道路占用を許可する方向で検討する旨の方針が決定されているが、これについては信教の自由に関する憲法の規定や行き止まり道路であることを許可の要件とする許可基準との関係、一部付近住民の反対などから区においてなお検討中であり、まだ許可を得られることが確実とはいえない状態にある。

(5)  本件建物は軽量鉄骨造、鉄板葺、鉄板張りの構造であり、その外観の点からいえば格式ある神社の参道に設けるのにふさわしい建物とはいえない。

(6)  杉並区は、道路交換等について沿道住民(控訴人を含む三名)の承諾を得るよう被控訴人を指導しているが、右承諾を得ることは必ずしも道路占用許可の要件ではない。

(7)  被控訴人は、控訴人との間で昭和五六年五月ごろから八月ごろまでの間本件建物の明渡を求めて交渉し、一年間無償貸与の条件を提示した。これに対して控訴人は、二、三年程度又は五年間の明渡猶予を得たいとの意向を示したこともあつたが、最終的には立退料として二五〇〇万円の支払を要求して譲らず、本訴提起に至つた。

(二)  〈証拠〉によれば、次の各事実が認められる。

(1)  控訴人はダイレクトメールにより商品販売を行う営業形態をとつており、臼田ビル、本件建物及び中野区南台の建物を店舗として借り受けているほか、杉並区大宮と中野区弥生町の建物を倉庫として借り受けているが、右営業を行うについては顧客が商品を実際に見較べられる展示場を設置するのが効果的であり、人形等の商品は嵩張るので、広い陣列場を要するところ、本件建物は床面積約五〇平方メートルで天井も高く、陣列の空間を広く取れるので、現在では右建物で集中的に展示を行つている。

(2)  臼田ビルは、前記のように(第一項で引用した原判決の判示参照)もともとその一、二階を控訴人の商品の展示場とする予定で建築されたもので、南参道の入口付近に位置し、各階の床面積は三八・八八平方メートルであるが、展示場としては直接参道に面している本件建物の方が立地条件がよく、陳列空間としても優つているので、現在右ビルの一、二階は控訴人の倉庫として使用され、三、四階は控訴人代表者臼田の住居として使用されている。

(三) 右(一)、(二)の認定事実からすると、被控訴人の南参道整備計画のうち鳥居建設の点の実現は未だ確実とはいえないが、その点は別としても、本件建物を収去して南参道の環境を被控訴人の主要参道としてふさわしいものにしたいという被控訴人の念願はその立場からして無理からぬところであり、また、本件建物の賃貸借契約が前記のように当初は臼田ビルが完成するまでの一時的な使用のために締結されたものであり、その後通常の賃貸借契約に変更されたのも、明示の意思表示に基づくものではなく、被控訴人が控訴人の使用継続をあえて争わなかつたところからそのように認定されるのであつて、被控訴人としては必ずしも長期間にわたり本件建物を控訴人に賃貸する意思を有したわけではなく、かつ、このことは控訴人代表者においても認識することができたものと考えられる。他方、控訴人は本件建物を明け渡した場合ある程度営業上の不利益を被ると考えられるが、本件建物に代えて臼田ビルを商品の展示場とした場合にもその営業にとつて致命的な打撃となるような大きな影響を受けるとは認め難く、また、それは本件建物を賃借する以前に控訴人が予定していた営業形態に復するのにすぎない。以上のような事情を総合勘案すると、本件建物の明渡を得たいとする被控訴人側の事情に相当考慮に値するものはあるが、これを建物明渡によつて控訴人の受ける不利益と比較対照すると、被控訴人が訴状でした解約申入に正当事由があるとまでは直ちに認め難い。

しかしながら、被控訴人は本訴訟において第二次的に金三〇〇万円又は裁判所が相当と認める額の金員の支払をもつて賃貸借契約解約の正当事由を補完すべき一要素とする意思を表明し、かつ、右金員の支払と引換えに本件建物の明渡を求めており、右三〇〇万円の立退料の支払を前記のような諸事情に併せて考えると、被控訴人の解約申入は正当事由を具備するものと認めるのが相当である。したがつて、被控訴人が右立退料の支払を正当事由の補完要素として新たに解約申入をした日であることが記録上明らかな昭和五八年一月二一日の原審口頭弁論期日より六か月のちの同年七月二一日の経過により本件賃貸借契約は終了したものというべきである。

三控訴人が賃貸借契約後も引続き本件建物を占有していることにより被控訴人の被つている損害の額は、従来の賃料と同額の一か月八万円と認めるのを相当とする(被控訴人主張のように本件建物の相当賃料額が右八万円を超えることを認めるに足りる証拠はない。)。

四以上によれば、控訴人に対し被控訴人から金三〇〇万円の支払を受けるのと引換えに本件建物を明け渡し、かつ昭和五八年七月二二日から右明渡済みまで月額八万円の割合による損害金を支払うべきことを命じた原判決は相当であつて、本件控訴は理由がない。

また、本件附帯控訴については、原判決中建物明渡を命ずる部分(原判決主文第一項)について仮執行宣言を付することは相当でないが、損害金の支払を命ずる部分(同第二項)についてはこれを付するのが相当である。〈以下、省略〉

(裁判長裁判官鈴木重信 裁判官加茂紀久男 裁判官片桐春一)

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